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大企業からベンチャーへ 転職の一大トレンドは定着するか

大企業からベンチャーへ 転職の一大トレンドは定着するか

「新卒採用」が大企業に限られた手法だった時代が過去にはありました。その理由は、育成に時間がかかり、そもそも入社までに時間がかかる点。こうした理由から、新興系企業(=ベンチャー企業)や中小企業は中途採用で即戦力を狙うのが常道とされてきました。ところが近年は、ベンチャーを最初の就職先として選択する学生が増えてきたのに加え、これまであまり想定されなかった「大企業からベンチャーへの転職」が大きなトレンドになりつつあります。こうした流れは今後、定着していくのでしょうか。その背景と、企業人事に求められることを考察します。

リクルート社が風穴を開けた「新卒」就職市場

新卒採用を大企業が独占していた時代、その結果としての人材力の差が、大企業を凌駕する企業の台頭を阻んできたように思います。ただ、そのような状況に風穴をあけるべく仕掛けを行ったのが、当方の前職であるリクルート社かもしれません。

学生に就職の選択肢を広げていきたいと考え、会社研究のためのガイドブックを学生に配布してきました。1962年に「企業への招待」というタイトルで大学生への求人情報だけを集めた就職情報誌を創刊。そこには大企業だけでなく、当時のベンチャー企業や技術に秀でた中小企業が並んで紹介される仕立てでした。

学生には「知らなかった」企業を知る機会となり、興味をもった学生が応募する機会を醸成していきました。そうした機会を活用して、ロードサイドの展開を始めていたファミリーレストランや家電チェーン、アパレルメーカーなどは、将来の幹部候補になるような人材を採用。現在では大企業と呼べる規模になったケースが何社もあります。

現在では新卒採用を行う企業は大幅に増え、大企業だけに限られた手法とは言い切れなくなりました。ただ、学生の人気度としては依然として大企業が圧倒的で、ベンチャー企業や中小企業が太刀打ちするのは難しい。あくまで大企業への就職活動が失敗したときのセカンドチョイスで選ばれるために、大企業よりも長期戦で学生を採用するのが基本線でした。

ちなみに大企業と双璧の規模になった楽天、サイバーエージェント、GMO社などが急成長した時期は、リーマンショックなど不況期で大企業の採用数が減少=買い手市場でした。そうしたタイミングに大企業への入社が厳しかった学生を大量に採用したのです。セカンドチョイスでもそれなりの人材確保ができたのは幸運であったといえるかもしれません。

ただ、現在は求人倍率も高い売り手市場。大企業が中小・ベンチャーに比べ圧倒的に優位な状況になるはずです。ところが、事情はそうでもないようです。中小企業までは難しいかもしれませんが、ベンチャー企業をファーストチョイスと考える学生が増えてきたようです。大企業からベンチャー企業への転職が大幅に増えたのが背景にあります。

「大企業からスタートアップへ」転職件数7倍に

エン・ジャパンが運営する若年層向け転職サイト「AMBI(アンビ)」によると、21年4~9月に大企業からスタートアップに移った件数は、18年4~9月比で7.1倍。全体の転職者数の伸び(3.8倍)を大きく上回り、全体に占める比率も21.4%と3年前より約13ポイント上昇しました。

知人で社会人3年目のDさんも大手総合商社からデータ分析系ベンチャーに転職。現在は「有意義な毎日を過ごしている」と話してくれました。同じように大企業からベンチャーに転職しました、との報告が2020年以降に増えました。

以前であれば珍しい転職であり、「大丈夫?」と心配する声も出たものです。でも今では「うらやましい」とか「転職したら職場の雰囲気とか教えて」と関心が高いことを感じる声を耳にします。

転職エージェントでも、大企業とベンチャーをつなぐような企業が増えてきました。それだけ転職市場で中心的な動きになってきた証拠なのでしょう。どうしてそのようなことが起きてきたのでしょうか?

ベンチャーの処遇改善進む 大企業にも遜色なく

その理由は、大企業組織の閉塞感とベンチャー企業での処遇改善と考えます。

これまで、大手企業を退職してベンチャー企業に転職すれば、年収が大きく下がると思われていました。それでも例外はあります。

〜 ベンチャー企業のステージ 〜

シード:種(seed)を意味し、会社の種をまく最初の時期
アーリー:創業後に発展する段階。事業計画の立案をしている時期
ミドル:事業に勢いがつき、売上が伸びだす時期
レイター:事業が安定し、株式上場などを目指す時期

上記の投資ステージで見ると、シード、アーリーであればストックオプションを得て、上場を果たせば大きな利益を得られる権利が付与されることがあります。ただし、それは経営メンバーに限られた話で、若手社員としての転職は年収ダウンしか選択肢がありませんでした。

ところが、近年は若手社員の年収も大きく上昇。大企業より高い企業も増えてきました。日本経済新聞社がまとめた、上場前ながら時価総額が高いと想定されるベンチャー企業に対する調査では、上場企業の平均年収を7%上回る水準であったとのこと。

その理由は資金調達の金額が大きく増加したこと。ベンチャー企業の経営者が大企業出身で、処遇面も大企業に劣らない条件設定をしているケースが増えてきたからだと思います。

大企業社員にくすぶる「閉塞感」が転職を後押し

さらに大企業組織の閉塞感がベンチャー企業への転職を加速させています。

閉塞感とは、選択の余地が少ないことの感触。大企業は会社も大きく、社員もたくさんいます。ところが、採用された時点でキャリアは決まっている。いわゆる学歴重視になっている。あるいは、配属された職場から異動することが少ない。

結果として、大きな組織に所属していながら、自分の可能性を試す機会が少ない、頑張っても報酬が変わらない…こうした感触になるので、閉塞感を抱くことになるのでしょう。

ただ、こうした状況は長年続いてきたにも関わらず、転職するまでに至りませんでした。
それは、大企業を飛び出しても、希望に満ちた職場なんてない。そのように考えて、我慢していたのだと思われます。

ところが、ベンチャー企業での仕事ぶりがネット上にたくさん見受けられるようになりました。ベンチャー企業に転職したら、自分の希望で仕事が選べる。新しいことに幾つもチャレンジできる。頑張って成果を出せば、前職とは「雲泥の違い」な報酬を得られた。こうした成功例が紹介されるようになれば、大企業を飛び出すことが怖くなくなるのは確かかもしれません。

大企業→ベンチャー 転職トレンドは続くのか

こうして、大企業からベンチャーに転職することが大きなトレンドになりつつあります。

では、このトレンドが続くのか?若手人材にとってベンチャー企業への転職は魅力的。さらに言えば、大企業に数年勤務して転職することは、キャリアとして輝かしいことと考える人が増えています。トレンド自体がなくなることはないでしょう。

大企業の人事部、新卒採用した人材の離職なんてめったにないと考えてきた人気企業でもベンチャー企業への転職が起きており、その離職を阻止できないことに苦慮している話を聞くことが増えています。

人気の高い総合商社の人事部に話を聞いたところ、10年前なら離職、ましてやベンチャーへの転職はレアなケース。残った人材からすれば「ついていけなくなったに違いない」「自分とは違う価値観の決断」と捉えていたので、人事部も対策は不要でした。

ところが最近は相当に増えており、社内で期待の人材が胸を張って辞めていく。残った人材が、うらやましい、自分も追随したい、と考えるようになってきたので、対策を考えないと人材流出は加速する懸念が出てくると話してくれました。

まさにベンチャー企業への転職阻止に向けた対策を考える大企業が増えてきました。ベンチャー企業という「隣の芝生」が青く見える状態の理由として、大企業が霞んで見える点は何なのか?

話を聞いていて、代表的な離職の理由は閉塞感ではないかと考えます。大企業では35歳前後までは大きな差がつかない人事システムになっているのが当たり前。なかには40歳になっても見た目上は大きな差がつかない。しかも、社内での異動に自分の意見は尊重されない。

例えば、入社以来20年以上、同じ職場で同じ仕事を任されている知人がいます。その知人曰く「自分は変化を希望しないけど、若手社員からすれば化石のような存在かもしれない。そうならないようにベンチャー企業へ転職していったケースを幾つも見てきた」と話してくれました。

こうした閉塞感を打破するには、同業他社への転職では何も変わらない可能性が高い。ベンチャー企業であれば、かなえられると考えてしまうのでしょう。

大企業もあの手この手で防衛策

ただ、大企業も「閉塞感のある状態」を放置していたら人材流出が加速するだけ。成長は実現できません。人材を囲い込む防衛策を考えるようになってきています。

2000年代初頭には、新卒採用された社員の離職は皆無。ベンチャーに転職なんて負け組が考えること、と思われていた大企業でも、期待の若手がベンチャーに移る時代になり、この課題は「人事部任せでは無理」と捉え、経営トップの号令で対策を考えて、速やかに実行すべし…との動きにまでなってきています。

例えば、20代から役職や報酬でメリハリのある人事制度の導入。若手社員でも異動希望を募り、実施に取り組む。あるいは新規事業募集の制度を整備して、20代でも子会社社長になるチャンスをつくるなど、閉塞感の打破に向けた取り組みが加速しています。

こうした取り組みで、離職希望の社員が踏みとどまったなどのケースは出てきているようです。人材紹介に取り組むエージェント関係者に話を聞いてみると、大企業からベンチャーへの転職をしようとしたところ、説得されて辞退するケースが増えてきたとのこと。おそらく、上記のような条件を提示したのでしょう。では、ベンチャー企業への転職は再び萎んでいくのでしょうか?

ベンチャー転職市場は揺るがない 大きな雇用創出力に

こうした大企業の努力や株式公開社数が減少、ベンチャー投資の意欲が下がる動きに呼応して、ブレーキがかかる時期も出てくると思います。

ただ、それは一時的な話であり、ベンチャー企業への転職は1つの市場として確立していると捉えていいと思います。その理由は、新たな雇用の創出機会として重要であることを世間が認識するようになったからです。

米国では、ベンチャー企業の雇用創出は、民間雇用の11%と大きな位置を占めています。また、米国中小企業庁の調査では、成長する新規企業の雇用創出力が大きいことが明らかになっています。

日本でも、ボリュームは米国ほどではないものの、企業の成長過程において多くの雇用創出が見られます。そこで莫大な投資資金がベンチャー企業に対して準備されている状況が継続することが見込まれています。

私が1990年代にベンチャー支援していた時代とはスケールが変わり、日本の成長の重要な基盤であるとの認識が生まれてきているのです。

日本において株式公開数やベンチャー投資の資金が一時的に下がることはあっても、マクロ的な視点から眺めれば、右肩あがりの状況にあります。雇用機会の増加が見込まれる期待の領域ですから、周囲も拡大に向けた支援をしていくので、広がっていくことでしょう。

ただし、大企業とは違う雇用環境の場合もあるので、希望者が転職先を選ぶ際、そのことを理解するべきです。転職支援するエージェントも、注意喚起することでミスマッチを減らしていく努力をして、健全な市場に創造していく必要はあります。

このあたりの課題を人材採用に関わる企業と当事者(ベンチャー企業)の努力で改善することができれば、大きな希望の溢れた転職市場になっていくことでしょう。

 

※フロンティア・マネジメント株式会社運営オウンドメディア『Frontier Eyes Online』より転載

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