コラム
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キャリア自律が叫ばれる時代の到来をどのように捉えればいいのか?
「キャリア自律」へと大きな転換をはかる日本企業
キャリア自律(Career Self-Reliance)とは、主体的に、価値観を理解し、仕事の意味を見出し、キャリア開発の目標と計画を描き、現在や将来の社会のニーズや変化を捉え、主体的に学び続け、キャリア開発することです。
近年、企業が「キャリア自律」という言葉をつかい、重要課題であるキャリア開発に取り組んでいくことを宣言するようになりました。例えば、日清食品ホールディングス社は公募ポストの年齢制限を撤廃して、50歳以上のシニア社員でも、新たに管理職へ挑戦できるようにしました。また、厚生労働省が自律的なキャリア形成支援の模範となる取り組みを行っている企業に対して表彰する『グッドキャリア企業アワード』の事例をみていくと、キャリア自律の支援が加速してきていることが分かります。
こうした動きは大きな転換の表れだと感じます。なぜなら、これまで企業は、「社内でキャリア自律を掲げることはリスクがある」と考えてきたからです。自分のキャリアについてあまり考えて来なかった人に考える機会を促せば、結果として離職する社員が増えてしまうかもしれません。いわばパンドラの箱だと考えていたのです。
実際、とある企業の人事部長も「組織に対する帰属意識が薄れ、離職者が増えるのではないか?」と考えて、キャリア自律を叫ぶことを長らく控えてきたと話してくれました。その企業は長年、新卒採用を中心に人材確保を行い、キャリアという概念を意識させず、会社や組織に忠誠心の高い人材を重宝してきました。「このシステムこそが成功体験なので壊したくない」、「リスクになることは排除したい」このように捉えてのことなのでしょう。しかし、そのような「キャリア自律=リスク」の認識はいまだ払拭されていないにも関わらず、企業主導でキャリア自律を促す動きが出てきました。それはなぜでしょうか?また、そのような時代の変化に対して、社員はどのように向き合えばいいのでしょうか?
受動的なキャリア構築に依存しながらも不安を抱える社員
そもそも、会社員のキャリアは人事異動や研修の受講などで広がりをみせるものですが、それらは、企業の辞令や指示で行う受け身なものが多く、主導権は企業側にあります。仮に不満があったとしても、それをぶつければ意見した側にマイナスのイメージを残すので避けるべきと考えられ、主体性を持つことが構造的に難しい状況にあったといえます。
ですから、これまでキャリアはあくまで所属企業の業務や研修などの経験を通じて形成されていくもので、自分の意志で切り開くことは難しいと考えられてきました。個人がキャリアを主体的に選ぶことが出来る手段は主に転職で、ゆえにキャリアという言葉が魅力的に使われるのは転職系の情報に限られていました。そのような受身の選択肢しかないのであれば、考えても仕方がないと、会社に依存することを選ぶようになるのは当たり前のことでしょう。
ただ、諦め気味ながらも、キャリアに対して不安はあります。Job総研が実施した『2022年 キャリアに関する意識調査』によると、73.8%が現職の仕事が充実しているとする一方、今後のキャリアについても72.0%(30代では80.0%)が「不安あり」と回答しています。さらに全体の74.8%が「今後転職を考えている」と回答しており、現職が充実していても、自身のキャリアに不安を抱え、転職を考える人が多いということがわかります。
キャリア自律促進の背景、アメリカと日本の違い
話がやや脱線しますが、米国では1980年代にキャリア自律を促し始めたと言われています。その背景には、経済不況によってリストラや雇用の流動化を行う必要に迫られていたという状況がありました。企業が生き残るための必然であったのかもしれません。しかし、いま日本でキャリア自律が促されているのは、それとは異なる背景が交じり合っているように思われます。日本は労働人口、特に少子化で若手人口が減少していくこと、先進7カ国の中で日本の労働生産性が最下位のままになっていることへの強い課題意識があります。これへの対処として、一人ひとりの労働生産性を向上させなくてはならないという考え方が出てきており、その一環がキャリア自律なのです。
ですから、いま日本で広がるキャリア自律推奨への方針転換は、アメリカの不況対策のような短期~中期の課題というよりは、より長期的で構造的な課題への対処に軸足が置かれているといえます。おそらく、古い人事慣習の打破、具体的には年功序列、終身雇用の撤廃までを視野に入れ、将来的な生き残りのために、リスクを承知で決断をしているのではないでしょうか。
短期的に業績は悪くない、ただ、この延長線で社員に給与を払っていたら収益が下がることになる。収益が下がれば、企業価値が下がるので、その対策を早めに打つ必要がある。そうした観点から社員にキャリア自律を促していると考えれば、企業が取り組み始めた背景がみえてきます。
離職リスクにどう備えるか
では、日本でも企業が生き残るためにキャリア自律への取り組みが加速していることを理解して、その動きをどのように活かすか考えてみることにしましょう。
まず、離職リスクに関しては、パーソル総合研究所が2021年に実施した「従業員のキャリア自律に関する定量調査」で面白い結果が出ています。市場価値(転職市場における自身の価値認識の高さ)が高い群では、キャリア自律度が高い層が転職意向も高いのに対して、市場価値が低い群では、キャリア自律度が高い層の方が転職意向は低い傾向がみられたのです。
言い換えれば、キャリア自律の支援がすすむと、市場価値が高い(と認識している)層ほど離職リスクが高まり、市場価値が低い層が会社に留まろうとする、というわけです。やはり、リスクは存在しているのです。
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/career_self-reliance.html
そうしたリスクをゼロにすることはできませんが、減らす努力は必要です。会社としてキャリア自律の啓発に取り組むのであれば、リスクは最小化し、会社にとっても社員にとっても有意義なものにしていきたいものです。
そうした観点で、幾つかの施策がセットで取り組まれています。例えば、副業の解禁や、社内での異動希望を叶える制度、キャリアカウンセリングの実施などです。加えて、現在の業務のためではなく、新たなキャリアへ導くための人材開発支援プログラムの提供もあります。つまり、その職場で働くことでキャリアの広がりを感じる機会を提供しようと努力する企業が増えています。
例えば、カゴメ社の転勤制度では、一定期間勤務地を固定にできる「転勤回避」や、希望地への転勤を叶える地域カードの配布など、各自が希望の勤務地で働けるオプションを提供しています。また、メグミルク社は、女性社員が自身のキャリア形成に対する意識を醸成するための研修や、キャリアアップへの不安を軽減するための先輩社員との意見交換、社内ネットワークの構築などを実施しています。こうした取り組みが積極的に開示され、各社が競い合う状況になってきています。
キャリア自律の流れが止められないのであれば、自律的かつ市場価値の高い層の受け皿となるべく、企業も努力が必要ということです。
キャリア自律の時代は個人も変化が必要
ちなみに、これらの動きは社員にとっては望ましい状況にも思えますが、そのように理解していいのでしょうか?
もし、果敢にキャリア自律したいと考えているのなら、状況的には恵まれた変化が起きていると理解していいと思います。キャリア自律が加速することは、企業と社員の関係が、対等とまではいきませんが、近づく機会になります。働き方にも多様な選択肢が生まれて、自分のやりたいことに合わせて選択することが可能になります。
以前話を聞いた、某システム会社に勤務しているSさんは、社内で公募されたFA制度に応募し、エンジニアから管理部門への社内転職を実現したそうです。週末に通ったビジネススクールで得た知見が活かされたと話してくれました。このように、自らがキャリアについて前向きに考えていく人にとっては、恵まれた状況になりつつあるということなのでしょう。
一方でキャリアについて考えていない、意識が低い人にとっては面倒な状況になってきたと考えた方がいいかもしれません。上司や人事部経由でキャリアについて問われた際、自身のキャリアに関心がない、仕事に関してこだわりがないと判断されれば、「よく考えるべき」と会社から迫られるかもしれないのです。つい最近まで「会社に対して忠誠心があれば十分。受身な姿勢でも真面目に仕事をやってくれていれば高く評価する」という価値観の組織で働いてきた人からすれば、困った状況とも言えます。
厳しいようですが、企業がキャリア自律に対して積極的に取り組む人材を高く評価するように変化してきている以上、個人もキャリアについて考え、対策していく必要が出てきたことは理解すべきです。
キャリア自律の動きが加速する今、個人にとっても企業にとっても、従来の価値観からの脱却と、キャリア構築に対する能動的な姿勢がますます求められるといえるでしょう。