コラム
コラム
残業減で注目される「越境学習」 学びの機運を高めるには
日本の企業の月間平均残業時間は、2012年の46時間と比較して22時間減り、24時間とされています。有給消化率も大幅に改善して41%から60%。働き方改革が叫ばれ始めた2014年から改善は進み、なかでも20代の残業・有休消化は劇的に改善したとのことです(オープンワーク株式会社「働きがい研究所」2021年12月16日調査レポートより)。2000年代前半と比較すれば隔世の感がありますが、会社に縛られる時間が減ったことで、自由に使える時間を活用して社員自らが自己研鑽をする意欲は高まっているのでしょうか。
ここでは、政府が推進するリカレント教育の一環で、終身雇用が崩壊するなかで定年延長に対処するには必須とされている「越境学習」について、企業での機運の高め方を考察します。
終身雇用の崩壊 学ぶ意欲は増加傾向
リクルートマネジメントソリューションズが実施した「リモート下の会社員の学びに関する実態調査」の結果によると、コロナ禍前と比べた時の過去1年の仕事に関する学びの満足度についての変化を聞いた質問では、「あまり変わらない」という回答(42.4%)が最も多かったといいます。
ただ、「高くなった」「どちらかといえば高くなった」を合計すると43.4%に達したのに対し、「低くなった」「どちらかといえば低くなった」は計14.3%という結果が出ています。
政府が推進するリカレント教育の広報のタイミングと重なったことも影響したのでしょうか。学びに意欲的な人はそれなりに増えていることは明らかなようです。
リカレント教育の一環として注目が高まっているのが越境学習です。越境学習とは、普段所属する部署や企業の垣根を越え、異なる環境に身を置いて新しい視点で経験や学びを得ることを指します。
コロナを機に取り組みが増えてきたのは喜ばしいことですが、さらに増やしていくべき必要があると考えられます。その理由は、終身雇用が崩壊するなかで、定年が伸びる状況に対処するには越境学習が必須な点。また、会社としても機会の提供努力はするものの、自らが気づき、取り組む機運を高めていくべきだからです。
越境学習の機運を高めるには 出遅れると生産性低下に直結
改めて、越境学習が注目される背景には、日本人の平均寿命の延びと技術革新の急速な進展が大きく関わっています。
これまでの終身雇用中心でよかった時代は、学校で勉強した後、就職し、ある程度の年齢になったら退職し、リタイア後の生活を送るというスタイルで人生が過ごせました。
しかし、現在は、平均寿命が延びたことや情報技術の進展、働き方改革などにより、社会に出た後も、会社をいったん辞めて留学する、転職や起業で新たな仕事を始める、子育てをしながら働く、定年後も新たな仕事に挑戦するなど、キャリアアップ、キャリアチェンジしていくスタイルに変わらないと長い人生の働き口を確保できなくなりました。
ところが、会社が提供してくれる学びを受け身でこなせばよかったことに慣れてしまったからでしょうか、機運が高まりきっているとはまだ言えない状況です。
一方で世界は、越境学習の意欲向上で競い合っています。その理由は、国力を計る指標とも言える生産性と一定の相関関係があるからです。
経済協力開発機構(OECD)のデータをみると、越境学習へ参加する人の割合が高い国ほど時間あたりの労働生産性が高い。参加率が50%を超えるデンマークやスウェーデンなど北欧は生産性も上位。さらに言えば官民が協力して、機運を高める努力をしています。
日本は出遅れが目立ち、越境学習への参加率はOECD平均より低く、そのことが生産性の低下につながっていると指摘されています。
コロナで若干の上向きがあったくらいでは不十分。政府は意欲的に越境学習を推進していくことでしょう。企業にとっても、機会や費用を政府が提供してくれることはありがたいことなので便乗して推進していますが、一方で社員の意欲は想定よりも高まっていないのが実情です。
くすぶる学習意欲 「受け身体質」がハードルに
個別に周囲で話を聞くと、越境学習に意欲的な人が増えてきたようには感じています。
総合商社に勤務している50代の友人はビジネススクールに通い、新たな分野の知識を得るため越境学習を開始。定年前に起業することも視野に入れていると聞きました。ただ、そうした意欲的な人は一部で、相対的には微増くらいの意欲向上に留まっているようです。
どうして意欲が高まらないのか? 理由として挙がるのは、仕事が忙しくて自己啓発の余裕がないこと。ただ、コロナや働き方改革で勤務時間は減少しつつあります。この課題は解消傾向にあります。
注目すべき理由は、実は調査等で見つけづらいことなのではないかと推察します。
個別に様々な世代に対して越境学習に関して意識を伺ってみたところ、意欲が低い人の抱える理由に「学びたいと思えることがみつからない」というがあるように思えました。
アンケート等では「忙しい」と回答した人がいたほか、さらに時間をかけて話を聞いていくと、長年の仕事漬けの生活から、学びたいことが何かがわからないとの本音を聞くことができました。
当然ながら、会社から準備された学びの機会があれば取り組むくらいの意欲はあるものの、自ら探していく意欲までには至らない。受け身の体質になってしまったのです。
この受け身体質を変えるのは簡単ではありません。長年のスタイルとして定着しているからです。なので、「受け身ではまずい、自ら行動するべき」と意識を変える学びの機会が必要かもしれません。
そうした意識転換までは会社が導き、気づいたあとは、自らの行動で動いてもらう。やや過保護的な手法かもしれませんが、そこまでは会社がサポートした方が良いのかもしれません。
越境学習こそ意識転換に最適 最近は手法に広がりも
では、どのようなプログラムがいいのか?注目が高まっているのが、前述した越境学習です。
越境学習とは分野・業界の異なる者同士で議論や問題解決などに取り組む機会のこと。企画には複数企業をつなぐ、事務局が必要です。
事務局を中心に特定のビジネスの問題解決や社会課題について、特定のテーマ(リーダーシップなど)について、ケーススタディなどによるグループディスカッション等で探究を進めていきます。最終的には参加したグループでアウトプット=提言や報告書を作成。チームで行う、大学のゼミの卒論作成のような形式のプログラムがスタンダードな方式となっています。
ただ最近は、プロボノと呼ばれる各分野の専門家が、職業上持っている知識やスキルを無償提供して社会貢献するボランティア活動や地域協働、新興国で働く「留職」など、パターンは広がりもみせています。
官民が注目 越境学習に取り組む企業のメリットは
経済産業省「未来の教室」事業のHPには、越境学習の実施事例が数多く紹介されています。
政府も
- 越境学習が自分自身の軸を再発見し、不確実で変化の激しい時代を切り拓くリーダーとしての成長を実感させることができる
- さらに知の探索によるイノベーションや、自己の価値観や想いを再確認する内省の効果が高い
と評価しているように思います。
こうした動きに呼応するように、民間企業でも取り組みが増えてきています。
例えば住友商事では、課長や次期課長クラスを対象に、福島県南相馬市や岡山県西粟倉村で「社会課題体感フィールドスタディ」を実施。西粟倉村でのプログラムでは、参加者が現地への越境と社会課題解決型事業に取り組むリーダーたちから刺激を受け、自身の仕事に対する志やこれからの組織のあり方を見つける機会になっているようです。
セレブレイン社でも、新規事業とか人的資本経営の推進に向けた人事戦略の策定などのテーマで、いくつものプログラムを行わせていただいてきました。
メリットとしては、①社外の人との学びの機会で、自社内の研修では受ける事の出来ない経験ができる②外部からの刺激に加えて、多種多様な業種の人材と横のコネクションを作る事ができる。さらに③社内の暗黙知が通用しないので、他者に対して「より論理的かつ効果的に伝える」必要があり、応用力を身に付けることができる、などが優れている点と言われています。
加えて、越境学習に対する意欲をさらに高める機会にもなるようです。
越境学習を実施、参加した受講者同士で対話することで、新たな学びをしないと取り残される危機感が醸成されるようです。同じ職場で長く勤務していれば、慣れているので仕事はそれなりにこなせる。その延長で、変化しなくても大丈夫、と思い込んでしまいがちな発想に、大いなる刺激が注入されることになるのでしょう。
越境学習のプログラムは、チームを組成して半年以上の長丁場になることが大半なので、準備や運用は大変ですが、学習に対する機運を高める機会になることが多いと感じます。越境学習をそのような観点から注目、自らも取り組んでいきましょう。
運営には手間やリスクも 企業には覚悟が必要
このように紹介するといいことばかりのように感じてしまうかもしれませんが、運営はそれなりに大変です。
これまでにも、幹部候補向けに限られた形で行われてきた企業はたくさんあります。それを広く社員に展開しなかったのは、それなりに理由があります。手間に加えて、リスクも含んでいるからです。
それを解消するには、企業としての覚悟が必要です。越境学習の機運を高めるために取り組みか否かの判断のためにも知っておくべきでしょう。
研修ですから、社内の集合研修やオンライン研修と同様に、受講前の動機付けや受講後の振り返りなど行う必要があります。社外の方との交流ですから、機密情報の取り扱いルールについても、受講者に説明しておかなければなりません。
越境学習では、自主的な勉強会が行われることも多いです。一方で自主的な活動は派遣企業からは見えにくく、受講者の負荷やモチベーションが把握しづらくなる面があります。
例えば、定期的な面談を設けておくなど、順調に受講しているか、受講者に過度な負担がかかっていないかなど確認できるよう、フィードバックの仕組みを事前に整えておくとよいでしょう。
あるいは受講期間の負担を軽減するため、例えば受講者や過去の受講者間でTeamsやSlackなどのコミュニケーションツールによるコミュニティを社内で作るなどの工夫を凝らすことが必要です。
こうした手間やリスクを覚悟して越境学習に取り組むべきかどうかの判断をしていただければと思います。
まとめ
できれば、越境学習後に、将来のキャリア開発に向けた学びを主体的に行う機運が高まってほしい。そうすることによって、企業と社員の関係にも変化が起きることが望ましいと思います。
冒頭に書きましたように、終身雇用が崩壊するなかで、主体的に学びキャリアを切り開いていける人材を育てないと、企業は生き残れません。社員もいずれは会社を離れて生きていかなければならなくなります。そこで生きる力を備えるための学びに対する意欲を高めて、取り組みを増やしていきたいものです。
※フロンティア・マネジメント株式会社運営オウンドメディア『Frontier Eyes Online』より転載