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コンサルタントコラム 人事改革最前線 非正規社員の人事マネジメント -「多様な働き方」時代のKSF(Key Success Factor)-
毎年3月は進学や就職・転勤など、人の異動が多い時期であるが、今年は引越し業界に異変が起きている。引越し会社の依頼引き受け件数が減少し、新年度の準備が間に合わない人が続出しているそうだ。働き方改革による労働時間短縮、さらには人手不足により十分な人員が確保できないことが要因である。
引越し業界に限らず、近年人手不足に悩む会社が多く、百貨店やショッピングセンターが営業時間を短縮したり、外食チェーン店が店舗閉鎖に追い込まれたというニュースもあった。これらの業界はパート・アルバイトなどの非正規社員が多く、人材を採用するために時給アップや社員登用制度など、各社努力しているが、それでも苦戦しているようだ。その影響もあり弊社に、非正規社員向けの人事制度を整備し人材確保に繋げたい、という相談が増えている。
一般的には、正社員よりも職責や権限、報酬などが限定的で定着率が低いため、非正規社員の人事制度は簡素なものが多い。しかし実は、非正規社員は正社員よりも多様性への対応が必要で、制度設計は慎重に行う必要がある。なぜなら「非正規社員」と一括りに言っても、そのバックボーンや働き方、給与、キャリアなど「働くことに対する価値観」が多様であり、人によって効果的な打ち手も変わってくるからである。
たとえば、育児や介護・家事など家庭の事情と両立して働きたい人は、給料の高さよりも働く日や時間を柔軟に調整できることの優先度が高い。自分のペースで働きたい人は、キャリアアップよりも与えられた仕事をコツコツとこなすことを望む。学生や資格取得を目指し勉強中の人は、勉強の合間に働ける仕事を選びたい。あるいは、一家の家計を主に支える働き手であればできるだけ多く稼ぎたいし、正社員になりたい人もいる。
このように、非正規社員は人事制度に対するニーズが多様である。
一方で、外部環境の影響も非正規社員の人事制度設計をさらに難しくしている。
たとえば、先にも述べた人手不足について、有効求人倍率は2018年1月時点で約1.6倍、パート・アルバイトに限定すれば約1.8倍であり、過去5年以上にわたって上昇傾向が続いている(※1)。また時給単価も高騰しており、最低賃金は過去5年間2~3%ずつ上昇、パート・アルバイトの募集時平均時給は3年で約7%上昇した(※2)。さらに、働き方改革や同一労働同一賃金等、政策・法制度への対応なども、複雑性・多様性が増えている要因となっている。このことが、経営に与える影響には、以下のようなことが考えられる。
① 品質・顧客満足の低下:
非正規社員は店舗や接客サービスなど、最も大事な現場の第一線を支えていることが多く、人手不足は業務・サービス品質や顧客満足の低下に繋がる可能性が高い。
② コストの増加:
採用における求人広告費などの直接コストだけでなく、採用担当者の業務工数などの間接コストも増える。また人数が多い場合、一人あたりの時給アップ額が小さくても全体としてはレバレッジが大きく、総人件費の増加に繋がりやすい。
③ 機会の損失:
営業時間の短縮や店舗の閉店は、既存の売上機会を失うことに直結する。また新規出店時に必要なスタッフが集まらずに事業の成長・拡大のボトルネックになる。さらに、人手不足の状況で無理に現場を回そうとすると、離職率が高くなり、新たに人材採用が発生し、一から教育するための時間的ロスも発生する。つまり、現状のまま何も手を打たなければ、近い将来、経営が成り立たなくなることが十分考えられる。
非正規社員の人事制度は、ここまで述べたような様々なニーズや社会の変化に対応するものでなければ、経営に大きなマイナスインパクトを与えることになる。しかし見方を変えれば、自社が求める人材のニーズに合った人事制度を設計すれば、他社との差別化になり、現場の生産性があがり事業の競争力を強くすることができる。
家具販売大手のイケア・ジャパンはいち早く同一労働・同一賃金を取り入れ、フルタイム・パートタイムに関わらず全従業員を正社員にする人事制度を導入し、求める人材の確保に成果を上げた。小さい会社でも、パプアニューギニア海産という会社が「好きな日に出勤、欠勤(連絡の必要なし)できる」「出勤時間、退勤時間も自由(毎日変動可)」といった“フリースケジュール制”を導入し、従業員の定着率を高め、業務の習熟度が高まることで生産性も向上させた例がある(※3)。
また保育士不足で悩んでいたある保育園では、育児中の子供を入園させ、同時に保育士として勤務してもらう条件で募集したところ、想像以上に多数の保育士経験者の応募があり、新たな保育所の新設が可能になったという例もある。
これらのケースに共通するのは、働く人の多様なニーズと自社が求める人材とがマッチする制度を設計したこと、そして経営課題解決のための重要施策として位置付けたことである。これは、非正規社員のマネジメントは一つの人事課題ではなく、経営課題として取り組んでいくことの重要性を示していると言えるだろう。
一昔前、「非正規社員は雇用の調整弁」という考え方があり、長期勤続と成長を目指した人事制度を整備する会社は少数である。しかし、多様な働き方が当たり前になった今、非正規社員の人事マネジメントは収益力と成長力のKSF(Key Success Factor):重要成功要因の一つであることは間違いがない。
【参照】
※1:厚生労働省 一般職業紹介状況
※2:(株)リクルートジョブズ 2017年12月度 アルバイト・パート募集時平均時給調査
※3:(株)パプアニューギニア海産 ホームページ